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2010.05.13 (Thu)

悠玄亭玉介 師匠

tamasuke.jpgimg.jpg  昭和五十五年頃と思う。馴染みの寿司屋で飲んでいると、姿形見るからに芸人らしい一人の老人が入ってきた。何という名のどんな芸人だとも知らない私が、酒の力も手伝って「師匠元気そうね。」と問いかけると、「旦那お久し振り、ようござぃあすか」と隣に腰を下ろした。これが悠玄亭玉介師匠との最初の出会いである。おそらくお座敷の仕事を終え疲れ、それを癒しに自分の時間を楽しもうとこの店に来たのだろうが。自分を知っているだろうと思われる者から、一声掛かればもうそこは師匠にとってお座敷となる。後に知ることとなるが、その世界では最後の人、名人とうたわれた人である。別にわずかな玉代欲しさのことではない。芸人には2タイプあって、一つは仕事は仕事とわりきり、私生活には一切仕事を持ち込まないタイプ。他の一つは人生そのものが芸(仕事)で、芸に生きることが唯一の楽しみというタイプ。師匠はまさに後者のタイプで、声さえ掛かれば何時、何処でも仕事に徹する本当のプロでした。「売り物は大切にしなければ」と、毎日床屋に通い髪を整え、ヒゲは終生自分であたらなかった位プロに徹し切った芸人でした。お陰でその晩はすっかり楽しい宴席となったことは言うまでもありません。師匠はその世界では、幇間・たいこもち・男芸者などと呼ばれる芸人で、古典落語では道楽の末に勘当された大店の若旦那が、その成れの果てに就く職業としてよく話しに出てきます。お座敷にはそのお座敷の形があって、いくら面白いからといって幇間だけを呼ぶことは出来ません。数名の芸者さんに箱と呼ばれる三味線がついた席に、要望があれば幇間に声が掛かるということになります。もともと噺家として高座でデビューした師匠ですが、真打昇進前にお座敷芸に転向します。蛇足になりますが私より上の年代なら、正統かっぽれの桜川ぴん助師匠をご存知の方は少なくないと思います。ぴん助師匠は反対にお座敷芸から出発し、高座の漫才で名を上げた人です。つまり途中で寂れていくお座敷に見切りをつけたのです。だんだん需要の減っていくお座敷ですが、玉介師匠はここを一生の仕事場として終生愛し続け、“最後の名たいこもち”と呼ばれる人生を送ったのです。寿司屋でのこの出会い以後私は、芸者さんのいない“たいこもち”と二人だけのお座敷を、しかも玉代なしで幾度となく楽しませてもらうことになりました。その師匠も亡くなられてもう十年以上、もう一度あのお座敷芸をと懐かしむばかりです。玉介師匠のご冥福を心より祈っております。


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